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夢を現実に!Seiko Niizuma

新妻聖子さんは母国日本で歌手・女優として活躍しています。
子供の頃、彼女はスターになることを夢見て、ポップシンガーのまねをして、サインをする練習さえしていました。彼女は日本で育ちましたが、1992年に父親の仕事で来タイし、聖子と姉はインターナショナルスクールバンコク(ISB)に通い始めました。聖子は1998年に卒業し、夢を抱き続けていました。
ISBにいる間、聖子は自然に芸術に引き寄せられ、11年生と12年生では、アンサンブルとして知られる学校のエリート合唱団のメンバーでした。彼女はまた、12年生の3月にマニラで開催されたIASASアート/音楽文化大会の声楽代表に選ばれました。

聖子はISB卒業後、上智大学法学部国際法学科に入学し2003年卒業。このコースは聖子を国際弁護士としてのキャリアに導くことになりましたが、彼女はプロの歌手になるという夢を決して捨てませんでした。

バンコク在学中にCDの発売の申し出を受けた彼女は、日本で大学生としてデモテープを作り、歌手としてのチャンスを模索し始めました。

2003年、彼女は自分の進むべき道に戻る機会を得ました。東宝演劇部は、ミュージカル「レ・ミゼラブル」のオーディションに聖子を招待しました。どうやらクラスメートは聖子がクラスでハミングするのを聞いて、オーディションに彼女を推薦したようです。年寄り役のオーディションを受けた後、審査員は彼女に若いエポニーヌ役のオーディション準備の短い時間を与えました。新妻さんは歌詞を覚え、才能と熱意を持って挑戦しました。約5,000人の応募者の中から、彼女はこの重要な役を獲得しました。このことが日本と世界でシンガーとしてめざましい活躍をするスタートとなりました。

日本のトップボーカリストの一人レ・ミゼラブルでの彼女の役は人生を変えるものでしたが、第二幕は彼女の第二の故郷であるタイで行われたミュージカル、ミス・サイゴンでの出演が、聖子にミュージカルに人生を捧げることを決心させました。

聖子は、2005年の菊田和夫演劇賞、2006年の国立芸術祭演劇部門新人賞、2016年の岩谷時子賞など、数々の賞を受賞しました。さらに、この有名なISBの卒業生は、舞台での数多くの役割に加えて、母国日本での主要なテレビシリーズやドラマ、さらには映画やアニメでも活躍してきました。有名なポップシンガーになるという彼女の夢に沿って、聖子は5枚のアルバムをリリースし、最近では2019年に Colors of Lifeをリリースしました。また、190人の音楽業界の専門家からなる審査によって、日本で第5位のトップボーカリストとして選ばれました。

ATP(Association of Tennis Professionals) への旅 Shuhei

今の生活がどのような人生に繋がっていくかを知ることは難しいものです。学生達にとって、I S Bのような素晴らしいインターナショナルスクールで学べることが、多くのものをもたらすことを理解するのは、かなり後になってからなのかもしれません。ISBでの生活が卒業生の人生にいかに貢献したか、そしてどのようなユニークなことが彼らの役にたったのか。それらを示す良い例が卒業生にあります。

高校で育まれた情熱

2002年にISBを卒業した鈴木修平さんはISBから大学に進学し、有名なATPツアーで最初のアジア人理学療法士になりました。そこで彼は世界のトッププロテニスプレーヤーたちと仕事をしています。 ISBにいるとき、修平は高校時代にクロスカントリー・テニス・陸上競技に参加しました。彼は高校の4年間IASASクロスカントリーランナーであり、ジュニアおよびシニアではチームキャプテンを務め、IASASチャンピオンのパンサーハリアーズへの貢献で特に注目されました。

2002年にISBを卒業した後、修平はイリノイ大学アーバナシャンペーン校に通い、そこで理学士号キネシオロジー(アスレチックトレーニング)を取得しました。ISBで彼が抱いたスポーツへの愛情が、彼の人生の情熱を育み始めました。その後、ピッツバーグ大学に通い、2012年に理学療法の博士号を取得しました。そして、米国整形外科徒手理学療法士アカデミー(AAOMPT)による徒手理学療法フェローシッププログラムに参加しました。

理学療法士としての鈴木修平の並外れた専門知識は、彼にトーナメントアスレティックトレーナーとして全米テニス協会で何年も働く機会をもたらしました。この経験により、修平はATPツアーの理学療法士として現在の地位に就きました。修平は、日本とやアジア全体を代表することを誇りに思っています。「4つのグランドスラムトーナメントを含め、ツアーで選手をサポートすることはやりがいがあります。」と、彼は語っています。

ISBでの生活と現在の状況について、彼は次のように述べています。

「私は、しばしばこのグローバルで多様な環境はI S Bでの体験そのものであり、そのことが今の仕事にとても役立っていると感じています。こういった環境で仕事ができることはとても居心地が良く、まるでI S Bの友達に道で出会うような感じです。」

修平と彼の若い家族は、ミネソタ州ミネアポリスに本拠をかまえています。 2020年のパンデミックの年には明らかな課題がいくつかありましたが、ATPツアーは継続することができ、2021年以降はさらに改善されるものと思われます。

私たちの学生

修平は現在の学生のロールモデルであり、彼の成功を誇りに思います。 ISBの多様な環境が今の彼の仕事に大いに貢献しています。このことが現在の学生たちが感じているインクルーシブで多様性と思いやりのある環境を、I S Bが維持していく重要性を物語っています。